webサービスに失敗し、拡散ありきで考える必要は無いと気づいた

近頃、webサービスを考えるにあたってサービス自体よりも、
作った後どうやって拡散させるかと、拡散戦略に頭が行きがちになっていることに気づきました。

私には、目に留めるような実績がありません。
だからこそ、何とかして目に留まりたいと切実に思います。

本当にそれが近道なのだろうか?



初リリースのサービスが大ゴケした

半年ほど前に、Twibamiというサービスをリリースしました。複数のtwitter検索結果を一覧で表示するサービスです。
結果は、アクセス数十件、リピーター数0件


当時、情報を収集するためにTwitterウィジェットを使い、
「webデザイン」「webデザイナー」「DTP」「デザイン」「クリエイター」「イラスト」…といったキーワードのつぶやきを収集したページを作り、友人と共有していました。

使っているうちに、毎回キーワードを変えるためにhtmlファイルを変更・アップロードする作業が億劫になったため、同じように情報収集をしたい人がいるはずだ!と思い、汎用性を高めて一般公開することができた。

しかし、自分がサービスをツイートしたときだけアクセスがあり、リピーターは皆無な状況に落胆し、「面白いのになんでだ・・・」そう考えていた。




良いモノでも、認知されなければ意味がないと思い込んだ

知ってもらわなければ、良さがわかってもらえない。私はそう考えました。
「サービス自体も大切だけど、それ以上に知ってもらうための戦略を考えなければいけないんだ!」

Twibamiに惚れ込んでいた私は、知ってもらうための戦略が悪かったと感じ、サービスをリリースする際、広報がとても重要な役割を持つと感じた。

それからは、広まる仕組みを持つ次のサービスを考えるようになり、足が踏み出せなくなってしまっていた。




たぶん、良いモノじゃなかった

広報戦略・・・バイラルマーケティング・・・アイデア自体は出てくるものの、自分自身が興奮しないアイデアばかりが思いつくようになってしまい、作る気力が生まれないものばかりに囲まれてしまうようになった。
そんな気分をどうにかしたくて、Everyone, Creatorの動画を気に入って何度も見ていたところ、今日になって「ハッ」と気づくことがありました。



良いものは、評価されている。



答えは、ものすごくシンプルだった。
良いモノは人の心を打ち、評価され、自然と広まっていく。
それがインターネットであり、ソーシャルネットワークの時代なんだ。

「インターネットは平等なフィールドを作り出した。」という言葉は頭では分かっていたけれど、
ようやく本質が分かったような気がした。





リピーター数0人は、確かなフィードバック

■ 何のサービスなのかさっぱりわからない
■ どんなメリットが得られるのかわからない

他にもさまざまな要因がありますが、ここでは割愛させていただきます。
多くの人に使ってもらうことだけがフィードバックではなく、使って頂いた人が戻ってこなかったこと時代も大切なフィードバック。




良いモノとは何か。拡散するものとは何か。

facebookの主要機能であるニュースフィードは、リリース当時「まるでストーカーをしているようだ」とユーザーから猛抗議が怒ったという。
落ち度はあったものの、マーク・ザッカーバーグは「必ず受け入れられる」と信じて疑わなかった。
プライバシー機能が追加され、ニュースフィードの素晴らしさをユーザーが実感することとなった。今ではそれ無くしてfacebookが語れないほど多くのメリットを提供し、主要機能として利用されている。

良いモノは、潜在的に人々が欲している”何か”を見つけだし(もしくは定義し)、多くのメリットを提供しているもの。

広報戦略を考える以前に、最高のサービスを考えつくして提供することに注力しなければならない。
自惚れサービスでは人に伝わらない。





平等に評価される時代で良かった

目の前の現象に対して真摯に向き合う。
この記事が少しの人数にしか読まれず広まらなかったのなら、読んだ人にとって「良い記事ではなかった」それだけの話。
まだバイラルを中心として考えるフェーズではない。



理由は、シンプルなんだ。
















2012年1月7日、未熟者の私はこう考えました。

(2012年1月7日の記事)